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東京高等裁判所 昭和44年(ラ)643号 決定

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。相手方の申立を却下する。申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。」との裁判を求める、というにあり、その理由の要旨は、「抗告人は昭和四三年四月一二日株式会社大盛商店との間において、抗告人より同商店に対し継続して金銭を貸付ける旨の金融取引契約を締結し、これと同時に大盛商店の代表取締役である斎藤克は、相手方を代理して、抗告人に対し、右契約から生ずる大盛商店の債務を担保するため、相手方所有の原決定添付物件目録記載の土地(以下本件土地という。)につき、元本極度額二〇〇万円、利息年一割五分、期限後の遅延損害金年三割とする根抵当権を設定する旨を約し、新潟地方法務局吉田出張所昭和四三年四月一二日受付第一八一〇号をもつてその旨の根抵当権設定登記を経由し、右約定に基いて抗告人は大盛商店に対し昭和四三年四月一三日一〇〇万円を弁済期同年七月三〇日の約で、同年四月一七日さらに一〇〇万円を弁済期同年八月三〇日の約で各貸与した。ところで相手方が斎藤に対し右根抵当権設定に関する代理権を授与したことは、当時相手方と青木誠次との共有名義であつた本件土地につき相手方がとりいそぎ新潟地方法務局吉田出張所昭和四三年三月一六日受付第一三〇〇号をもつて同年二月一日付遺産分割を原因とする持分移転登記を経由して、本件土地を相手方単独の所有名義になおしたことおよび相手方が斎藤に対し、根抵当権設定登記手続に必要な印鑑証明書、白紙委任状、住民票抄本等の書類を交付していることにより明らかである。仮に相手方が斎藤に対し右代理権を授与していなかつたとしても、相手方は次に述べる理由により民法第一〇九条または第一一〇条に基づき斎藤が相手方の代理人としてなした本件根抵当権設定契約につき、その責任を免れ得ない。すなわち、相手方は斎藤に対し相手方名義の白紙委任状等を交付し、斎藤はこれを抗告人に示して、『斎藤が代表取締役である株式会社大盛商店は、相手方に対し一五〇万円位の売掛金債権を有しているが、その見返り関係として相手方は大盛商店が他から融資を受けるについて担保を供与することを承諾し、斎藤に対して相手方所有の本件土地につき根抵当権設定契約を締結する代理権を与えた。』旨説明し、抗告人はこれを信じて右契約を締結したのであつて、一般に白紙委任状の交付は第三者に対し代理権の授与を表示したものとみられるから相手方は抗告人に対して斎藤に右代理権を与えた旨を表示したものというべきである。仮にそうでないとしても、相手方は大盛商店に対し前記のとおり一五〇万円位の買掛金債務を負担しており、そのため右債務を弁済することができないときは大盛商店に対し本件土地につき抵当権設定もしくは代物弁済の登記をすることをかねがね承諾し、斎藤に対し右登記手続をする代理権を授与していたものであつて、斎藤が相手方を代理して抗告人に対する大盛商店の債務を担保するため本件土地につきなした前記根抵当権設定契約が、右基本代理権の範囲を超越するものであつたとしても、抗告人は、斎藤から前記のごとき説明を受けるとともに、相手方が斎藤に交付した白紙委任状、印鑑証明書、住民票抄本等の書類の呈示を受けたのであるから、斎藤が相手方を代理して前記契約を締結する代理権を有すると信ずべき正当の理由を有したものといわなければならない。原裁判所が、抗告人にこれらの点について主張、立証する機会を与えることなく、単に抗告人代表者および相手方を審尋したのみで、斎藤に右契約を締結する権限がなかつたものと認定し、前記根抵当権実行のためにする抗告人の本件競売の申立を却下する決定をしたのは、不当である。」というにある。

よつて按ずるに、本件記録によれば、相手方は衣類の行商を業とするもので、株式会社大盛商店、株式会社伊藤千代商店等から扱品たる衣類を仕入れていたところ、株式会社大盛商店に対し仕入代金支払のため振出した手形の合計金額が百五、六十万円に達した頃、同会社代表取締役斎藤克より、「手形が落ちるまで不安であるから、担保のために本件土地の権利書を預つておきたい。手形を決済すれば権利書を返還する。」旨の申入を受けたので相手方はこれを承諾し、昭和四三年三月頃相手方所有にかかる本件土地の権利書に相手方の住民票抄本を添えて斎藤に交付したこと、一方抗告人は金融業を営む有限会社であるが、抗告人代表者丸山喜義において右斎藤から二〇〇万円の融資を依頼され、これに対し「抵当物件があればよい。」と答えたところ、斎藤は、「衣類の卸し先である相手方の承諾を得ているからその所有の本件土地を担保に入れる。」旨述べたので、丸山は右斎藤の言を信じ、昭和四三年四月一二日抗告人と株式会社大盛商店との間に継続的金融取引契約を締結するとともに斎藤を相手方の代理人として、本件土地につき、右金融取引契約に基づく大盛商店の抗告人に対する債務を担保するため元本極度額二〇〇万円、利息年一割五分、損害金年三割とする根抵当権設定契約を口頭で締結し、保証書の手続により新潟地方法務局吉田出張所昭和四三年四月一六日受付第一八一〇号をもつて、その登記手続を了したが、丸山は右契約の締結に先立ち相手方がはたして物上保証を承諾しているかどうかを直接相手方につき確かめることはしなかつたこと、さらに斎藤は同年七月一〇日大盛商店の債権者巻渕市郎に対する債務を担保するため、本件土地につき巻渕市郎を根抵当権者として元本極度額七〇〇万円とする第二順位の根抵当権を設定しているが、斎藤はその後所在不明となり、相手方は同年一一月二五日はじめて抗告人のために第一順位の根抵当権、巻渕市郎のために第二順位の根抵当権の設定登記がされていることを発見したことを認めることができる。しかし相手方が本件土地につき根抵当権設定契約をする代理権を斎藤に与えた事実を認めるに足る資料は全くなく、抗告人のいう、相手方が自らの意志によつて白紙委任状を作成し、相手方の印鑑証明書等とともにこれを斎藤に交付したとの事実も、これを肯定するに足る資料はない。

右事実によれば、抗告人の見解に従うも、白紙委任状交付の事実は認められないのであるから相手方は抗告人に対して斎藤に根抵当権設定の代理権を与えた旨を表示したとはいい得ないことはもちろんであり、民法第一〇九条の適用はないものといわなければならない。次に斎藤は相手方と大盛商店との関係において相手方振出の手形が不渡になる場合に備えて相手方に代り担保措置をとり得る諒解のもとに本件土地の権利書を相手方から預つたのであるから、同法第一一〇条の基本代理権を有していたものということができ、斎藤の前記根抵当権設定契約の締結はまさに右基本代理権の範囲を超越した場合に該当するものというべきであるが、斎藤が大盛商店の抗告人に対する債務を担保するため相手方を代理して本件土地に根抵当権を設定する権限を有するか否かは大いに疑う余地があつたにもかかわらず、単に相手方が物上保証を承諾している旨の斎藤の言を信じ、斎藤に根抵当権設定の代理権を与えたか否かに関し直接相手方について確かめなかつた点において、抗告人には斎藤に代理権ありと信じるにつき過失があつたものといわなければならず、したがつて民法第一一〇条の適用を認めることはできない。

そうすると、本件競売開始決定を取消し、抗告人の本件競売の申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却

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